自分史【ゲーム業界に入るまでのわたし】

自分史【ゲーム業界に入るまでのわたし】

どうもー。

日本一、ウソをつきつづけてきたカウンセラー なおです。

ちょっと今回は、趣向を変えて、自分史なんかを書いてみようと思います。

あまりアピールしてないですが、ゲームクリエイターなんですよ。

という事で、そのストーリーなんかを書いてみようと思います。

ゲーム業界に入るまでのわたし

子どもの頃から、ゲームするのが好きでした。

特に好きだったのは、「星のカービィ」シリーズ。

今でも、新しいシリーズが出ていますね。

特に、「星のカービィ スーパーデラックス」が誕生日に近い日。という事もあって、

思い出が深いです。

そして、子ども心に思ったのです。

あー。将来ゲーム開発の仕事につけたら幸せだろうな。

ゲームも面白くて好きだけど、それ以上に、ゲーム業界で働いている人のインタビュー記事や、コラムを見るのが好きだったんです。

特に好きなのは、桜井政博さんのコラム

「星のカービィ」の生みの親でもあります。

 

何だか、ゲーム業界で働いている人って活き活きしているように見えたんです。

もちろん、ゲーム業界の黒い噂も色々と聞きました。

徹夜は当たり前。

給料も低い。

でも、それが気にならないぐらい、将来働く事に対して、ワクワクしていたんです。

ゲーム業界に入れたら、どんな楽しい毎日が待っているんだろう。

毎日ゲームに関われるような仕事がしていたら、徹夜もお金も気にならないだろう。

その希望が見えていたし、自分でもゲームを作っていて、結構楽しかったから、

それで、うちは 絶対ゲームクリエイターになるんだ!

と意気込んでいました。

人生の中で、大部分を占める仕事なんだから、楽しい事を仕事にした方がいいに決まっている。

 

そして、ゲームを作る時に目をつけたのが、ゲームプログラマーという職業。

中学校の時に、職業調査のようなものがありました。

そこで、ゲームクリエイターの仕事について調べていました。

最初は、ゲームプランナーになろうと思っていたんですが、

プログラマーになれば

プログラミングを学べばゲームが作れるんだ!

とその時知り、ゲームプログラマーを目指すことにしたのです。

 

高校時代は、コンピューター系の部活に入り、その当時ゲーム業界で使われていたC言語の勉強。

とにかく本を買って、まずはわからないなりに、そこに書かれている事を打ち込んでいきました。

そこで、自分が書いた通りに動くプログラムが楽しいな。と思いました。

キャラクターが表示されたり

その表示されたキャラクターが、キーボードで動かせる。

それだけで、すごくワクワクした覚えがあります。

 

大学時代も、コンピューター系のサークルに入り、そこでゲーム業界に入りたい一心で、ゲーム制作に打ち込む毎日。

仲間達にも恵まれ、大学に入った4年間で色々なゲームを作る事ができました。

そして、3年の就職活動の時、そこで大学時代に作った作品を企業に応募しまくりました。

 

子どもの頃から、コミュニケーションは苦手で、自分の思いをあまり表現できなかったので、

面接はとても苦労しましたが、

書類選考は、結構通るところが多いので、実力は認められているはず。

そういう確信は自分の中にありました。

ポケモンを作っている、ゲームフリークにも面接に行った。

ロックマンゼロシリーズを作っている、インティ・クリエイツ に行った。

でも、面接だけがどうしても通らない

数としては、20も満たないぐらいだったと思います。

 

さんざん面接には落ちるので、

母親から、そろそろ諦めたら。と言われました。

それで、IT業界に就職する事も視野に入れるか。。。

と諦めかけた、次の会社で、

無事に、大阪のゲーム会社に内定が決まったのです!

長年の夢が叶った瞬間です。

そして、その瞬間。

これであのインタビュー記事で出ていた人たちのように、楽しい毎日が送れる。

毎日ゲーム制作に関わる仕事ができる。

あー。今まで頑張ってきて、よかったな~。

とすごく達成感があったのでした。

ただ、その時 同時に、何か自分の中で、ひとつ大事なものが抜けていった気がする。

そんな感覚にも襲われました。

 

ゲーム業界に入ってから、わたしの身に何が起きたのか。

続きはまた次回。